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2015/06/10.Wed

「好み」という事実であり言い訳

ノベルゲームでですね、まだ読みきってないので何ともですが、少なくともここまで読んだ感想としてはめっちゃ面白いじゃん……!と思う作品があってですね、で、この作品あれ(こちらも大好きだった)に似てるなぁ……、と思ってたら、色々あってやっぱりほぼ確実にそれの影響を受けているであろう事がわかったんですよね~。

いや、好みは被るんだなと……。

きっとこの作者さんとは話が合うでしょう……!REVIVAL RESETの方向性もまさにこっちだし。

でねぇ……この好みって厄介だなと思うわけですワ。

人によって好みがあるのは皆さん認めるところでしょう。事実としてあるでしょう。

だから言いようによっちゃ、あなたが私の作品を面白いと思わなかったのは好みが合わなかったからです。と言えなくもないと思います。

けど、お察しのとおり、これは言い訳ともとれる。

事実として「好み」というものはあるんだけれど、それを主張しすぎる訳にも行かない。と。

例えば、経験豊富でめっちゃ人気を博している作品と、どっかの中学生が初めて書いた作品では皆前者が面白いと言うでしょう。それに対し、後者の作者がそれは好みのせいだと言えば、これはさすがにちょっと言い訳の色が濃くなる気がします。

土台のレベル>好み

なのです!(と感じる)

自分がノベルゲームを作り終わり、個人的に感じている事の一つとして、同人ノベルゲームで作りが良いと言われるような作品は実はどれも拮抗した実力であり、その人気はまさに「好み」で分かれるような程度だけれども、ごくわずかの作品ないし作家さんは土台のレベルから違うのではないか?という事。

自分はそう感じてます。

あぁ……こいつは強い……(確信)

みたいな。

……もしね、また次のネタが浮かび、作る際にはこの土台から進化したらなイカンなと。

土台から違えば、もはや力技みたいなもんで、あの作品は好みじゃないけど面白い、とかまで言わせられるんじゃないだろうか。それをやりたい。

自分の土台が低いと理解できた事は幸せな事なんだ一応。今まで見えてなかった更なる高みが見えたのだからなks!
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